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Cafetalk Tutor's Column

Toria 讲师的专栏

もう一歩!~カナダへの道㊲

2024年2月28日

*36話を読む

2003年の年末になっても、カナダ移民局から何の報せも無い。

通常、労働者選抜での移民申請は、結果が出るまで
コンサルタントや弁護士に依頼して2年前後
自分で単独で作業をして申請すると、最長4年以上などと言われていた。
なので、申請書を出して1年未満で何の進展もないのは普通である。 

ただただ待たなければならない…
これは想像以上にきつかった。
しかし、カナダに来てからの日々を振り返ると
この「待つ日々」も、必ず意味があり、無駄ではないと思うしかなかった。 

年が明け、2004年2月。
カナダにやって来て満5年が経とうとしていた。
そして、コンサルタントから連絡が舞い込んだ。 

「健康診断を受診して下さい。
 書類審査は通過したと言う事です。
 健康診断で問題が無かったら、永住権は問題なく発給されます」 

ようやく!という思いもあったが、わたしには不安があった。
持病とも言える、腎臓結石があり
その事だけが不安だった。
だが、もうここまで来たら

もう一歩! あと一歩!!なはず。
私は、大急ぎで指定の大学病院で、健康診断を受診した。 

そこからは、またひたすら「待ち」の日々。春になり、夏になっても
移民局からは何の音沙汰も無かった。 

ひたすら、仕事をする日々の中
信じられないニュースが飛び込んできた。 

わたしがカナダに来て、いちばん最初に就職、仕事をしていた
あの日系企業
わたしのカナダでの人生で、いちばんのブラックな時。

あの会社の社長が
買付先から、先に商品を受け取り
その支払いを踏み倒したというのだ。大型コンテナでの取引。
買付先は、警察に告発。刑事事件となった。
当の社長はカナダ国内で、詐欺容疑で指名手配。
だが、事件が発覚した時には
すでに、夜逃げ状態で社長や関係者の姿は無かったと言う。 

わたしが、永住権申請のために就労証明の発行を何度も依頼していた頃
会社の財政状態は破綻していたのだろう。 

わたしが、あの会社を去る時…

「わたしも、社長を見てますから」

その結末は、信じられない!
予想もしていないものだった。

道はあそこで、すでに分かれていた。そして
その分かれた道をずっと歩いてきたからこそ、「今」があった…


Kenshi Y. Ft Masaki S 「Haiiro to Ao」(2017)

ずっと、耐えて
あの日系企業に居続けていたら、会社と共にわたしは共倒れしていたかもしれません。

永住権どころではない!というヤツですよΣ(艸・∀・)
あの時からしばらく、絶望としか思えなかった道が
まさか、こんな景色に繋がっているとは!

さて…
実は、今日は私Toria
カナダにやって来て満25年の「その日」です!
25年、四半世紀ですよ~自分の人生の半分近くが
カナダでの時間になりました ~ 続きを読む

TORIA (o ̄∇ ̄)/

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