最古の記憶を辿ると、いつも独りだった気がする。
孤独の中で、欠けたピースを探していた。
でも、何が足りなかったのかは、結局わからないままだ。
回想してみると、不思議なことに僕は独りではなかった。
気付けば隣には誰かがいた。
転校して人生が急降下するように感じた日々も、
それでも僕にはトモダチがいた。
今になって思う。遅すぎるかもしれないけど、
あの頃、僕はちゃんと青春を生きていたのだと。
小学校の冬、理科の宿題で星空を観察したことを思い出す。
僕とヤワチャンとマコトで、星座早見盤を片手に、
澄み切った夜空を見上げた。
3人で1時間、いや、観察に集中したのはその半分くらいだった。
残りの時間はとりとめのない話で溢れていた。
ハシモトへの不満、密かに抱いた恋の話、そしてまだ見ぬ未来の夢。
夜空の観察は楽しかったけど、
それ以上に、ただ話して笑う時間が心に刻まれている。
あの瞬間、僕たちが紡いだ時間は、確かにかけがえのないものだった。
僕はずっと観測者だと思っていた。
画面の向こうで、青春を謳歌する人たちをただ見つめるだけの存在。
モニター越しの淡い映像を眺めるような気分で。
でも、それはただの思い込みだったのかもしれない。
気付けば、僕もその画面の中にいたのだ。
トモダチと共に笑い、涙し、
サッカーをし、宿題をし、
同じ空間で、同じ時間を分かち合った。
そう、僕もまた、青春の参加者だった。
青春は確かに存在していた。
そして、僕は静かにページを閉じた。