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Masumi_ 강사 칼럼

【日本語コラム+音声♪】第67回:日本の郵便 ~歴史編~

2024년 9월 6일

★日本語コラム 第67回
<日本の郵便 ~歴史編~>


今年の10月から、各種の郵便料金が値上げされるそうですね。
個人間の連絡のやりとりはもちろん、公的な手続きなども
インターネット経由で簡単に済ますことができる時代ですから、
はがきや封書の配送料が上がっていくのは自然なことでしょう。
私も、手紙を書くような機会はだいぶ減ってしまいました。
ただその分、友人などから久しぶりに手書きのお手紙をもらうと
とても嬉しい気持ちになるので、
文字を書く習慣はきちんと維持していたいな、とも思ったりします。

さて、今回からのコラムでは、日本の郵便にまつわるあれこれをご紹介します。
まずはその歴史から見ていきましょう!

日本で、公共の事業としての郵便が始まったのは明治4年のこととされていますが、
それ以前の手紙の郵送手段として多くの人がイメージするのが「飛脚」です。
手紙や金銭、荷物などを運ぶ仕事のことで、
この制度が最も発達し、民間の人々も利用できるようになったのは
江戸時代に入ってからのことでした。
飛脚と聞いて多くの人がイメージするのは、
荷物を括り付けた長い棒を肩に担いで、自分の足で走っていく人の姿ですが、
そのように人力のみ、脚力のみで荷物を運ぶやり方をとっていたのは
重要な公文書の送付など、公的な業務を専門にした飛脚に限った話で、
民間事業としての飛脚では馬に乗って荷物を運ぶのが普通だったようです。

日本国内で本格的に郵便制度が確立されたのは、
明治時代に入ってからのことでした。
日本で郵便事業の基礎を築き、「郵便の父」と呼ばれた人物である
前島(まえじま)密(ひそか)は1870年、
駅逓司(えきていし)という、当時の交通通信を司る官庁において
実質上の長官を任ぜられます。
彼は、政府が公的な文書の送付のために飛脚に支払っていた金額を知り、
その膨大な資金を使えば郵便を国の事業として運営できると考え、
翌1871年には、東京・大阪間で官営の郵便事業が開始されました。
国家事業として制度化されたことにより、
それまでの飛脚制度に比べて配達時間は大幅に短縮され、
郵便制度は全国へと範囲を広げていったのです。

その後、1885年には、郵便・通信・運輸を管轄する官庁である
「逓信省(ていしんしょう)」が発足しました。
日本では郵便番号の頭に「〒(ゆうびんマーク)」と呼ばれる記号が付されますが、
これは逓信省の頭文字である「テ」を記号化したものとされています。
現在の日本郵政は、逓信省の後身組織のひとつです。

・・・・・

今回のコラムはここまで。
次回のコラムでは季節の挨拶状として代表的なものについて
ご紹介していきたいと思いますので、どうぞお楽しみに♪
それではまたお会いしましょう^^


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\ここから下は読み仮名つき↓↓↓/


★日本語(にほんご)コラム 第(だい)67回(かい)
<日本(にほん)の郵便(ゆうびん) ~歴史(れきし)編(へん)~>


今年(ことし)の10月(がつ)から、
各種(かくしゅ)の郵便(ゆうびん)料金(りょうきん)が
値上(ねあ)げされるそうですね。
個人(こじん)間(かん)の連絡(れんらく)のやりとりはもちろん、
公的(こうてき)な手続(てつづ)きなども
インターネット経由(けいゆ)で簡単(かんたん)に
済(す)ますことができる時代(じだい)ですから、
はがきや封書(ふうしょ)の配送(はいそう)料(りょう)が
上(あ)がっていくのは自然(しぜん)なことでしょう。
私(わたし)も、手紙(てがみ)を書(か)くような機会(きかい)は
だいぶ減(へ)ってしまいました。
ただその分(ぶん)、友人(ゆうじん)などから
久(ひさ)しぶりに手書(てが)きのお手紙(てがみ)をもらうと
とても嬉(うれ)しい気持(きも)ちになるので、
文字(もじ)を書(か)く習慣(しゅうかん)は
きちんと維持(いじ)していたいな、とも思(おも)ったりします。
さて、今回(こんかい)からのコラムでは、
日本(にほん)の郵便(ゆうびん)にまつわるあれこれを
ご紹介(しょうかい)します。
まずはその歴史(れきし)から見(み)ていきましょう!

日本(にほん)で、公共(こうきょう)の事業(じぎょう)としての
郵便(ゆうびん)が始(はじ)まったのは
明治(めいじ)4年(ねん)のこととされていますが、
それ以前(いぜん)の手紙(てがみ)の郵送(ゆうそう)手段(しゅだん)として
多(おお)くの人(ひと)がイメージするのが「飛脚(ひきゃく)」です。
手紙(てがみ)や金銭(きんせん)、荷物(にもつ)などを
運(はこ)ぶ仕事(しごと)のことで、
この制度(せいど)が最(もっと)も発達(はったつ)し、
民間(みんかん)の人々(ひとびと)も利用(りよう)できるようになったのは
江戸時代(えどじだい)に入(はい)ってからのことでした。
飛脚(ひきゃく)と聞(き)いて多(おお)くの人(ひと)がイメージするのは、
荷物(にもつ)を括(くく)り付(つ)けた長(なが)い棒(ぼう)を
肩(かた)に担(かつ)いで、自分(じぶん)の足(あし)で
走(はし)っていく人(ひと)の姿(すがた)ですが、
そのように人力(じんりき)のみ、脚力(きゃくりょく)のみで
荷物(にもつ)を運(はこ)ぶやり方(かた)をとっていたのは
重要(じゅうよう)な公文書(こうぶんしょ)の送付(そうふ)など、
公的(こうてき)な業務(ぎょうむ)を専門(せんもん)にした飛脚(ひきゃく)に
限(かぎ)った話(はなし)で、
民間(みんかん)事業(じぎょう)としての飛脚(ひきゃく)では
馬(うま)に乗(の)って荷物(にもつ)を運(はこ)ぶのが
普通(ふつう)だったようです。

日本(にほん)国内(こくない)で本格的(ほんかくてき)に
郵便(ゆうびん)制度(せいど)が確立(かくりつ)されたのは、
明治時代(めいじじだい)に入(はい)ってからのことでした。
日本(にほん)で郵便(ゆうびん)事業(じぎょう)の基礎(きそ)を築(きず)き、「郵便(ゆうびん)の父(ちち)」と呼(よ)ばれた人物(じんぶつ)である
前島(まえじま)密(ひそか)は1870年(ねん)、
駅逓司(えきていし)という、
当時(とうじ)の交通(こうつう)通信(つうしん)を司(つかさど)る
官庁(かんちょう)において
実質(じっしつ)上(じょう)の長官(ちょうかん)を任(にん)ぜられます。
彼(かれ)は、政府(せいふ)が
公的(こうてき)な文書(ぶんしょ)の送付(そうふ)のために
飛脚(ひきゃく)に支払(しはら)っていた金額(きんがく)を知(し)り、
その膨大(ぼうだい)な資金(しきん)を使(つか)えば
郵便(ゆうびん)を国(くに)の事業(じぎょう)として
運営(うんえい)できると考(かんが)え、
翌(よく)1871年(ねん)には、
東京(とうきょう)・大阪(おおさか)間(かん)で
官営(かんえい)の郵便(ゆうびん)事業(じぎょう)が開始(かいし)されました。
国家(こっか)事業(じぎょう)として制度(せいど)化(か)されたことにより、
それまでの飛脚(ひきゃく)制度(せいど)に比(くら)べて
配達(はいたつ)時間(じかん)は大幅(おおはば)に短縮(たんしゅく)され、
郵便(ゆうびん)制度(せいど)は全国(ぜんこく)へと
範囲(はんい)を広(ひろ)げていったのです。

その後(ご)、1885年(ねん)には、
郵便(ゆうびん)・通信(つうしん)・運輸(うんゆ)を管轄(かんかつ)する
官庁(かんちょう)である
「逓信省(ていしんしょう)」が発足(ほっそく)しました。
日本(にほん)では郵便(ゆうびん)番号(ばんごう)の頭(あたま)に
「〒(ゆうびんマーク)」と呼(よ)ばれる記号(きごう)が付(ふ)されますが、
これは逓信省(ていしんしょう)の頭文字(かしらもじ)である
「テ」を記号(きごう)化(か)したものとされています。
現在(げんざい)の日本郵政(にっぽんゆうせい)は、
逓信省(ていしんしょう)の後身(こうしん)組織(そしき)のひとつです。

・・・・・

今回(こんかい)のコラムはここまで。
次回(じかい)のコラムでは
季節(きせつ)の挨拶(あいさつ)状(じょう)として
代表的(だいひょうてき)なものについて
ご紹介(しょうかい)していきたいと思(おも)いますので、
どうぞお楽(たの)しみに♪
それではまたお会(あ)いしましょう^^


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