母はいつも「必ず鍵を掛けて」と言っていた。
私は鍵っ子ではなかったのだが、
母は何度も念を押した。
母は専業主婦で、小学校から帰ると家には母と妹がいた。
団地の治安は悪くなかったが、
鍵を開けたままにするのは不用心だと教えられた。
だから、鍵は大切なものだった。
家の中はトイレ以外に鍵を閉める場所がなかった。
風呂にも鍵はなかった。
学習机の引き出しにも鍵があったかもしれない。
でも、私が秘密にしていたものは特になかったし、
仮にあっても母に無理やり開けられるだろうと思った。
トイレには必ず鍵を閉めた。
鍵が開いていると誰かが開ける可能性があった。
もしそれが母なら延々と長い説教が始まる。
それを避けるために私は鍵を閉めた。
鍵を閉めることが当たり前になり、
鍵を閉めないことが不快に感じるようになった。
父はよく鍵を開けたままにしていた。
だらしない父を見ては疑問に思った。
「なんでこんな簡単なことができないんだろう?」
妹も鍵を開けたままにしていた。
まだ幼かったから鍵の掛け方がわからない。
私は鍵を半開きにして戸を閉め、鍵が閉まるようにした。
妹はトイレに閉じ込められた。
開け方がわからずワンワン泣き出した。
私がいくら説明しても聞かない。
母が帰ってきて状況を見て焦った。
私は怒られた。
そして、父も仕事から帰ってきた。
結局、父が工具で鍵を開けた。
妹は無事にトイレから出られ、
母に抱きついて泣いた。