格助詞とは、名詞の後ろにつく「が」「を」「に」「へ」「と」「から」などの形式のことで、格関係を表すものです。格関係とは、たとえば「私は毎朝コーヒーを飲む」という文で述語となる動詞「飲む」と前に来る名詞「コーヒー」の関係で、この場合は「コーヒー」が「飲む」という行為の対象という関係にあり、「を」がそれを表しているということになります。(ちなみに「私は」の「は」は格助詞ではなく係助詞と呼ばれます。その違いについては別の機会に解説します。
日本語教育能力検定試験に以下のような問題があります。これは格助詞「と」の性質の違いが問題となっています。
下の1~5の中でト格の意味が他と性質が異なるものを一つ選べ。
1. ジョンとポールがテレビを見た。
2. ジョンとポールが楽器を弾いた。
3. ジョンとポールが歌を歌った。
4. ジョンとポールが酒を飲んだ。
5. ジョンとポールがけんかをした。
《令和2年度日本語教育能力検定試験 試験1-問題1(14)より引用》
この問題に答えるためには、格助詞が表す格関係に二つのタイプがあることを知る必要があります。それは、動詞の意味の成立にとって必ず必要な要素かどうかによる違いです。たとえば、「飲む」という動詞の意味が成立するためには「誰が」「何を」という二つの要素は必ず必要です。「どこで」「誰と」「何時に」などの要素はあってもいいですが、なくても動詞の意味は成立します。つまり、「コーヒーを飲む」の「コーヒーを」は「飲む」という動詞の意味の成立にとって「必須の成分」であるのに対して、「スタバでコーヒーを飲む」の「スタバで」は動詞の意味の成立にとってはあってもなくてもよい「任意の成分」を表ししていることになります。このように、格助詞が表す格関係には「必須」か「任意」かの二つのタイプがあるのです。
他の例も下にいくつか示しておきます。{ }の部分が動詞の意味の成立にとって「必須」なのかそうでないのかは、{ }の部分を抜いてみるとわかると思います。必須の成分はそれがないと、残った文におさまりの悪さを感じます。
【必須の成分】
1) 昨晩{雨が}降った。
2) 今、会社の近くのラーメン屋で{ラーメンを}食べている。
3) 息子が進路について以前から{先生に}相談していたらしい。
4) あいつは{職場の後輩と}結婚した。
【任意の成分】
1) 学校から帰ったら、{7時まで}部屋で勉強する。
2) 夕方まで{たけし君と}公園で遊んでいた。
3) {風で}洗濯物が飛んだ。
4) 友だちが貸してくれた自転車を僕が{不注意で}壊してしまったんだ。
冒頭のト格の問題に戻って考えてみましょう。
下の1~5の中でト格の意味が他と性質が異なるものを一つ選べ。
1. ジョンとポールがテレビを見た。
2. ジョンとポールが楽器を弾いた。
3. ジョンとポールが歌を歌った。
4. ジョンとポールが酒を飲んだ。
5. ジョンとポールがけんかをした。
《令和2年度日本語教育能力検定試験 試験1-問題1(14)より引用》
「~と」が表す格関係が必須なのか任意なのかが判断できれば、この問題に答えられるわけです。「見た」「弾いた」「歌った」「飲んだ」「けんかをした」という動詞の意味の成立にとって「ジョンと」が必ず必要な要素を表しているかどうかを考えていくと、5番の「ジョンと」だけが「けんかをする」が表す動詞の成立にとって欠かせない成分であることがわかります。「けんか」は一人でできるものではないので、必ず相手が必要です。したがって、「けんかをする」という動詞にとって「誰が」「誰と」という二つの成分が必須であるわけです。
ただ、ある成分が必須であるかどうかという区別は感覚ではわかりにくい場合もありますし、必須成分かどうかは言語によっても異なります。したがって、境界線があいまいであることも踏まえた上で、日本語教育の現場でこの知識が活かされるのは誤用訂正や不自然さの説明の場面でしょう。たとえば、他動詞と自動詞は必須成分の数が異なることから「スケジュールが決めた」という文の不適切性を説明する といった活用法があります。特に「と」や「に」は形式が同じでも必須の場合と必須でない場合があるため、形式だけで判断できないことに注意が必要です。