日本語学校などで、日本語能力試験N2やN1の文法を勉強する際に、以下のような文型作文の練習が行われることがあります。
(1) 仕事が忙しいので、 はおろか もない。
(2) はもちろん に至るまで節約しています。
でも、このような練習を苦手とする生徒さんがいらっしゃいます。
たとえば次のようなやりとりをして、生徒も先生も困ってしまうことはありませんか。
生徒A「仕事が忙しいので、食べる時間はおろか、寝る時間もない。」
先生A「うーん、食べる時間と寝る時間、どちらのほうが短くしやすいですか。」
生徒A「え、・・・。どちらも・・・・わかりません。」
生徒B「電気代はもちろんバス代に至るまで節約しています」
先生B「うーん、何が言いたいかわかりにくい文になっていますね。バス代を節約する
のは難しいですか」
生徒B「難しくないですが、バス代は高いです」
先生B「うーん」
これは、「AはおろかB」「AはもちろんBに至るまで」のAとBに入れるべき語がわからないという問題なのですが、文型の意味がわかっていても、AとBに入れる語の種類、範囲、程度性を日本の社会通念に照らして適切に選ぶことが非母語話者である生徒にとってかなり難しい作業であるからです。
たとえば、「仕事が忙しいので、AはおろかBもない」の場合、時間がない時に優先して削る時間は何かという共通認識が必要になります。食べる時間は早く済ませれば数十分で済むわけですから、まずは寝る時間を削って徹夜で仕事をする。それでも足りなければ食事をする数十分でさえも削る。このようなイメージができて初めて「仕事が忙しいので、寝る時間はおろか、食べる時間もない」という文ができます。
同様に、「AはもちろんBに至るまで」は、「食費や電気代、交通費などは普段から節約しているが、それでもお金が貯められないので、時々スタバでコーヒーを飲むのをやめて水筒を持ち歩くことにしよう」このような含意があって「食費や電気代はもちろんコーヒー代に至るまで節約しています」という文になります。上の例では生徒にとってはバス代を節約することがコーヒー代にあたるぐらい最後の砦なのかもしれませんが、先生と共通認識が得られていないため、なんだかしっくりこない文だと指摘されてしまったわけです。
文型の理解を図るためにこのような文型作文をさせることがありますが、実はこの練習には文型の意味以外にも語彙の知識、社会常識的な知識などさまざまな知識が要求されます。また、1文で語ろうとすると情報不足で何が言いたい文なのか正確に把握するのは難しいです。そのため、満点をもらえる文がなかなか作れず、生徒は「うまくできない」、先生は「時間がかかるし、適切な文を作らせられない」と悩むことになります。
もちろん空欄穴埋め練習には意味がないと言うつもりはありません。空欄を穴埋めできる能力は言語能力の習熟度を反映していると言われており、多くの言語テストで採用されている方式です。たくさん例を示したり、入れるべき語のヒントを与えたり、イラストを示したり、さまざまな工夫をされている先生もいらっしゃって、効果的な練習になっている場合もあるでしょう。
ただ、文型の意味を確認するためだけなら、他のさまざまな知識を要求するような問題をさせる必要が本当にあるのか考える必要があります。少なくとも文型作文が適切にできない学習者は目標のレベルに達していないとする「文型作文至上主義」にならないように教師は認識しておく必要があるでしょう。