下の二人の人の会話を見てください。下線部の「この」の使い方、違和感がありませんか?
【チャンさんは、木村さんがかけているサングラスを指さして言いました】
チャンさん:木村さん、このサングラス、すてきですね。どこで買ったんですか。
木村さん :これですか?ありがとうございます。兄にもらったんですよ。
チャンさんは木村さんが身につけているサングラスを少し離れたところから指さして
言っている場面です。この場合、日本語母語話者なら「そのサングラス、すてきですね」
と言うのではないでしょうか。
では、なぜ「このサングラス」が間違いで、「そのサングラス」が正しいのか。
日本語を外国語として勉強している人に聞かれたら、説明できるでしょうか。
「この」「その」「あの」「これ」「それ」「あれ」「ここ」「そこ」「あそこ」
「こ・そ・あ」で始まるこれらの言葉は「指示詞」と言われるものです。
指示詞の使い方はいくつかに分類して説明する必要がありますが、上の会話のように、目の前の物を指して言う場合は、「現場指示」の用法ということになります。
① 現場指示用法(目の前の物を指して言う場合)
② 文脈指示用法(文脈の中に出てきたものを指す場合、相手や自分の発話の中に出てきた言葉や文章の中に出てきた言葉を指す場合がある)
そして、「現場指示」の中には、話し手(上の例ではチャンさん)と聞き手(木村さん)が同じ領域に属していると見るか、異なる領域に属していると見るかによって、また使い方が変わってくるのですが、上の例の場合、サングラスは木村さんが身につけているもので、チャンさんは直接触れていません。このような場合には、サングラスは木村さんの領域に属しているとみなされるのが普通で、チャンさんと木村さんは異なる領域に属していることになります。
つまり、「現場指示」で「(話し手と聞き手の領域が)対立型」の場合は、話し手であるチャンさんは聞き手である木村さんの領域にあるサングラスについて「このサングラス」ということはできず、「そのサングラス」と言わなければならないのです。
もしチャンさんが木村さんのサングラスを手に持っている場合なら「このサングラス、すてきですね」と言っても正しくなりますので、木村さんの所有物であるかどうかではなく、手に持っているかどうかによって領域が判断されます。
ちなみに、「融合型」は二人の人が一緒に夜空を見上げて「あの星はオリオン座かな」と言ったり、東京の人同士が話している場面で、「今回の台風はあっちのほうを通るから、こっちには来ないみたいだね」などと言ったりする場合が考えられます。
日本語話者は「こ・そ・あ」を直感的に使い分けており、なぜ「こ」を使うのか、なぜ「そ」を使うのかと改めて問われると、うまく答えられません、ただ、日本語を外国語として勉強しようとすると、理屈を知っておく必要があります。理屈を知らずに日本語母語話者のように直感で使えるようになるのは時間がかかりすぎます。毎日使う言葉なのに、そんなに待っていられません。