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Cafetalk Tutor's Column

Tutor Rintaro 's Column

日本の悪習(が英会話学習に及ぼす影響)

Среда, 10 Май 2017 r. 18:05 | 4 Comments

 こんにちは、ギックリ腰でダウンしているRintaroです。さてFacebook、お使いの方多いかと思いますが、僕が好きな機能はMemories。〜年前の同じ日付に自分が何を書いていたかを拾ってきてくれるんですねぇ。時々「うわっ、自分こんな恥ずかしいこと・・・」と目を覆いたくなることもありますが今日目にしたのは2年前のもの。僕がCafetalkで講師業を始める前ですね。

 数年前(きっとこのFacebookのPostと同じ2年前だと思いますが)サッカー界のスーパースター、クリスティアーノ・ロナウドが訪日したことがありました。テレビなどにも色々出演したようですが、あるイベントで日本人の男の子がポルトガル語を使ってロナウドにインタビューする、といった企画が。

  頑張って(それこそ死ぬほど緊張していたのでしょう)話しかける少年の拙いポルトガル語を周り(メディアでしょうか)が笑い出す、というシーンがありました。そこで驚き、ロナウドが「なぜ笑うんだ?彼は上手に話しているよ」とコメント。それに呼応するかのように今度は拍手喝采。

   少年が頑張ってポルトガル語で話しかけることは嘲け笑う。でも「権威である」ロナウドがそれを素晴らしいといった途端にこの有り様。

 これに対して僕の友人の友人の方が以下のようなコメントをFacebookでされていました。公にしているものなのでこちらでシェアしても構わないと思います。以下、その方(Daisuke Takadaさんという方です)の言葉です。

これね、僕の経験上日本人の最も、最も良くない価値観なのだよ。本当に。しかも個々人にあまり自覚や罪の意識がないことが多いのが更に最悪。集団の無自覚の価値観や習慣を「文化」「慣習」と呼ぶとすれば、本当に恥ずべき悪しき慣習だと思うのだ。

真面目にやってると水を差す。かっこ悪いとヘラヘラ照れ笑いをして「本気じゃない」と誤魔化して、誰かが上手くいってると上げ足を取る。

そのくせ、人にかける声は「とにかく、がんばれ」だし、「好きな言葉は一生懸命」。

若い内に「好き」「楽しい」を貫き通せる前に挫折する人が多い。何か特定の分野に夢中になる人は漏れなく「オタク」と呼ばれ、その道を仕事にしようとする人は「変わり者」と言われる。

音楽を楽しいと思う前に「楽器を上手く弾かなきゃ」と思い、絵を描く前に「どうやったら上手に絵が描けるか」悩む。

「材木の切り方を教える前に、海の広さを教えろ」とはまさにこのことで、海の広さをそもそも知らない(ことも自覚をしていない)大多数の大人が無意識の内に子供たちの可能性を狭めてると感じます。

一生懸命やることや、ましてまだ上手くできないことなんてこれっぽっちも恥ずかしくない。好きこそものの上手なれ、学問に王道はない、ですよ。

これをシェアした後、僕自身こういったコメントを書きました。

 中学の音楽のクラスでやる合唱の練習が自分はすごく好きだった。でも大声で歌おうとすると周りはクスクス・・・「合」唱に全くならない。誰も声出さないんだもん。

 英語の授業で物語のある部分を覚え、それを朗読する、という課題が毎回あった。中学2年の時だ。正確な発音で、大きな声で取り組む奴なんかクラスに2,3人位。幸いなことに自分のクラスだけ熱い教頭先生が教えてくれた。そのおかげでこれだけ英語が好きになったと今でも思っている。

 今実際に英会話を教えているわけだが、中学の時に真面目に、「熱く」発音の練習をしなかったツケが回ってきている生徒さんによく出会います。その人自身が悪かったのではなく、頑張ろうと、一生懸命発音を練習しようとした「飛び出た杭」を沈黙(もしくは嘲笑)という同調圧力で沈めようとした日本の悪習の犠牲者でもあるのだと自分は思う。

 皆さん、一生懸命、そして暑苦しいくらい努力をしていますか?そしてそういった努力をしている人・お子さんを励ましていますか?「ダッサ、何熱くなっちゃってるの」から「スッゲ、俺もああなりたい!」という国にしたいですね。

ギックリ腰にはご注意を。

 

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