(1) 今後10年間で多くの職業がAIに代替されると思う。
(2) 今後10年間で多くの職業がAIに代替されると思われる。
この(1)と(2)の文はどのような意味の違いがありますか?
このような質問は中級レベル以上の日本語学習者からよく投げかけられます。
「思う」という動詞に助動詞「られる」が付くと、「思われる」という形になりますが、文脈によってさまざまな意味を表す可能性があります。
(3) 最近の子はクラスメイトからまじめだと思われるのが嫌だから、授業中に質問しない。
(4) 日本人は勤勉だと言われていますが、皆さんはどう思われますか?
(5) 最近は夕方になると涼しくなり、秋が近づいているように思われる。
(3)の「思われる」は「受身」を、(4)は「尊敬」を、(5)は「自発」を表しています。
では、(2)の「思われる」はどの意味に当てはまるでしょうか。(2)の「思われる」は分類上は「自発」に含まれますが、(5)のような感覚的な意味とは違うように感じられるでしょう。
(2)のような「思われる」は客観的な文章の中で使われることが多く。「論理的に考えると~という結論になる」という意味になります。
それに対して「思う」は直感的に考えたことや個人的な意見を表す意味になります。そのため、レポートや論文を書く場合には「思う」を使うのは避けたほうがよいと指導されています。客観的な根拠がある場合や論理的な推論によって導かれた結論であることを表したい場合は、「思う」ではなくて「思われる」を使うようにしましょう。
(6) 当時の状況から考えて、あの事件はえん罪だと思われる。
(7) 近年の出生率の低下から今後日本の人口は減少していくと思われる。
このように中級以上のレベルになると、同じ動詞でも形の違いによって異なる意味を表すことを理解しなければなりませんし、客観的に述べる表現か主観的に述べる表現かという違いによって形を使い分けることを習得していく必要があります。
レポートや論文を日本語で書く際に迷ったら、ぜひお気軽にご相談ください。