私は大学で留学生に日本での就職活動について教える科目を担当していますが、特に雇用文化については自国の文化との違いに驚く留学生が多いです。
「日本的雇用慣行」というと、「終身雇用」「年功賃金」「企業別労働組合」の三つが有名ですが、これらの慣行は「新卒一括採用」「社内教育」という採用・教育制度によって支えられてきました。日本的雇用慣行が形成された第一次世界大戦から高度経済成長期においては、低賃金の未熟練者である若者を一から教育・訓練するというシステムが理にかなっていたと言われています(大川2022)。この時代の人材育成は、大量生産における分業化の定型労働に合わせた画一的な人材を育てる教育であったことからも新卒一括採用が適していたと考えられます。しかし、失われた30年間と言われる日本経済の低成長によって、多くの企業にとって「終身雇用」「年功賃金」の維持が困難となり、日本的雇用慣行は見直しが迫られることになりました。
私が担当している授業でも留学生に対して「日本的雇用慣行」とその変容について講義するのですが、講義を聞いても本当の意味で理解し、納得することできていない留学生が多いと感じています。特に、留学生が戸惑うのは日本の「メンバーシップ型雇用」のあり方です。メンバーシップ型雇用とは、雇用契約において具体的な職務内容を特定せず、その会社のメンバーであるという地位を設定する契約を行い、採用された社員は原則として会社の業務指示にしたがってどのような業務にも従事するという雇用制度です。一方で、海外では雇用契約時に「ジョブディスクリプション(職務記述書)」によって職務内容を特定し、その職務に応じて必要な人を採用する「ジョブ型雇用」が一般的です。現在は、日本企業の中にも大手を中心にジョブ型雇用への移行を表明する企業も増えていますが、一方で新卒一括採用は維持されており、欧米のようなジョブ型雇用とは多くの点で異なっています(安藤2023)。
このような日本のメンバーシップ型雇用とその現状について知識としては学んでも、実際に就職活動が本格化する時期に至って、留学生から次のような戸惑いの声を聞くようになります。
「就職してから、仕事内容が変わるって本当なんですか」
「(職務内容が明記されているという意味で)ちゃんとした契約書がない会社には就職しない」
「したい仕事ができなかったら、どうするんですか」
日本の大学で学び、日本での就職に魅力を感じている留学生でさえこのような反応であることに驚くと同時に、私自身が日本的雇用文化に慣れすぎていて職務内容が特定されていない雇用契約に疑問を感じなくなっていることを自覚しました。
文化というものは、衝突してみて初めて気づくものです。日本の雇用文化を批判したり、改革案を提示したりすることは私の専門ではなく、また私の能力を大きく超えているのでできませんが、日本語教師として日本で就職しようとする留学生からこのような戸惑いの声が聞かれることを発信していきたいと思います。そして、日本の大学で留学生に対してどのようなキャリア教育が必要かを考えていきたいと思います。
<参考文献>
安藤りか(2023)「ジョブ型雇用に関する文献レビュー:大学のキャリア教育科目への示唆」『名古屋学院大学論集 社会科学篇』第59巻、第4号、pp.253-281.
大川友美(2022)「日本的雇用慣行の終焉と来るべきキャリア教育」『高崎商科大学紀要』第37号、pp. 273-285.