普段、人とどんな風に接していますか。単なる会話だけでなく、人前でのスピーチやプレゼンをしている時に、打ち解けているなあと思う時、何かギクシャクしているなあと思う時と様々だと思います。
私は、長年教員として、数えきれなほどの、生徒、保護者、同僚、業者の方と様々な場面でお会いしてきましたが、何度か面白い経験をしました。それは、階段を駆け上がり、教室に走り込んだ時の話です。
息を切らしながらの授業でしたが、いつも停滞気味のクラスに活気が戻り、テンポよく授業が進むのです。それを幾度か経験するうち、ひとつの仮説が生まれました。
「心拍数」です。若い生徒の心拍数に近づいて共鳴がなされたのです。さらにはアドレナリンも加わったのでしょう。それからというもの時々、人為的に心拍数を上げて授業に挑むと不思議にうまくいきました。今では階段を駆け上がらなくても、時に速いテンポの口調とリズムで、授業の流れや雰囲気を変えることが出来るようになりました。
またこんな経験もあります。私は子供の頃からお年寄りと接する機会も多く、無意識に遅い心拍数に合わせて、話すことを身につけてきました。もちろん、相手の理解力や聴力に合わせることでもありますが、言いかえれば、相手の「呼吸のリズム」に合わせているのです。
会話で大切なのは、相手と同じ動作をすることだと言われます。相手がティーカップを持ったら自分も、相手がうなずいたら自分も、という具合で互いの空気をシンクロさせるわけですが、心拍数はなかなか難しい。そこで、呼吸のリズムを近づけるようにしていくのも一つの手です。
実はこれに近いのが古典芸能の能の動きです。止まることなくいかに美しく滑らかに移動するかを要求されるのがこの芸能で、約5m先の目標に10足(10歩)で5秒後に到達する動きはさほど苦労しませんが、30秒で到達するためには、並々ならぬ忍耐と体幹と運動能力が要求されるのです。
私の場合は、息を鼻からゆっくりと吐き出して心を静め、心臓の鼓動を、囃子方に近づけていこうと心がけるようにします。ゆっくりとしたテンポで進める囃子方のリズムにいかにシンクロさせるかが必要なのですが、その時の動きは、体の芯に力を入れながら、体の力を抜くというものです。美しさを保つには、頭の上の冠に幾つもの細かな飾りが吊るされていても、それが揺れることなく、滑らかでよどみない足の運びが必要ですが、そのために、静かに呼吸を整えることで、100mを全力疾走する時の筋肉をコントロールするのです。
また能の演出で大切なのは「序破急」です。「緩急」を段階的につけることによって、単調な動きに生命が宿り、趣きが生まれます。先程お話しした30秒を10足で進む時もこれが適用されて価値が生まれます。時に4足でも序破急、2足でも序破急を組み込みながら、およそ20分すぎた頃には、テンポも高まり、全体としても序破急が成り立っていきます。主導権を持つ舞い手によって、観客は次第に興奮を覚え、互いが共振し共鳴するのです。
さて話しを戻します。会話やスピーチやプレゼンなど、人と接する時に大切なこととはなんでしょう。互いが満足し、共感を覚えるために必要なこと、それは、呼吸を合わせること、そしてそれを可能にするためには、自分の体をコントロールする力です。是非みなさんも、意識してみてください。