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Cafetalk Tutor's Column

Makoto ATOZI 講師のコラム

自分なりの美学

2024年12月22日

冬至が過ぎて日の長さは春に向かい始めたけれど
ぼくの住む富山市はかなりぐずついた天気の模様。

近所にあるファミリーレストランのジョイフルでモーニングをいただきながらこの投稿を書いています。
大きな窓の向こうは北陸特有の鉛色の空で少し憂鬱さがある。
それでも、こうして屋根があり、暖房がある中で300円と少しでモーニングセットがいただける。
日本という国はやはり豊かなのだと思う。

あらゆる価値観が揺らぎまくっている時代の中で何が正か邪かもわからなくなる世界線。

先日、ウルトラファストファッション、つまり新品で1,000円ほどの服を買ったことがあるかどうか。そしての時、罪悪感はあったかという学生へのアンケートに関するニュースを読んだのです。ぼくはハッとさせられました。一時期、服なんて安いものでいいと思い、ぼく自身、低価格な服で身を染めていたから。

例えば節約はとても良いことのはずである。
だからといって、例えば新品で定価1,000円のジーンズをローコストのお店で購入したとする。
一見、節約してえらいと言えるけれど、
定価1,000円のジーンズの裏の闇には定価ではない労働者たちの姿がある。
300円ほどのモーニングセットもそうなのだろうと思う。

ぼくの実家は昔、喫茶店を経営していた。
あれは40年も前の話ながら、あの時代でもこの値段でモーニングはギリギリだったと思う。

時代はどんどん高度に成長しているのに価格だけは据え置きになり、
その裏で賃金の上がらない搾取される存在がある。

ぼくも音楽を仕事として暮らしてきて、
どこでどうなっているのかはわからないけれど、
そのような低賃金労働者のような立場で作詞家をしている。

あらゆる分野で権利者や大きな組織はますます権利を大きくして太り、
搾取される人々は増えている。

世の中が低価格に染まるとはそういうことなのだろうと思う。
ただ物を安くできるわけではない。

だからといって、一市民に何ができるかといえば、
そんな力は与えられておらず、世の中の流れの中で
自分なりの美学を貫くことだけが残された道。

古くからあるものを大切に扱うこと。
せっかく買うのであれば無駄買いをしないように本当に欲しいものを知っておくこと。
例えばリユース品で本当に好きなものを暮らしに招き入れること。
それが正しいかどうかはわからないけれどぼくはフリマアプリをよく使う。
今日の服もメルカリで購入した。

自分は何が好きなのか。
どのように生きていきたいのか。

賃金、報酬、価格、このバランスが昔よりもアンバランスに感じられるこの時代の中で、
ぼくたちはどこへ向かっているのだろう。

音楽も音源に対してお金を支払う人は少なくなった。
それがクリエイテイブの源泉を作る力であるのだから、
その力が弱まれば生まれるものも弱くなる。

そこへまだ搾取する存在があれば、
守られていないクリエイターは泣き寝入りするだけなのだろうか。

これはあらゆる分野で起きていることなのだろう。
お互いに買い叩き合っている。

一点集中型。一人勝ちのルールが蔓り、
大きな建物がどすんどすんと建っていく時代の中で、
人々はどこへ向かうのか。

今更誰かを責めるのではなく、
自分なりの美学を貫きたいと思うのです。

Makoto ATOZI



ファミリーレストラン ジョイフルにて投稿

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