日本語では「私」は、しばしば省略される。
古文では、この傾向はもっと強く、省略された言葉を補わないと文章の流れがつかめなくなる。
また、和歌の世界では、「われ」が主語であるというのは暗黙の了解で、「われ」は省略される。
一方、英語では「I」が省略されることはまれで、「I」は文のどこに入っても大文字である。
このことは、日本と英語圏の個のありかたを垣間見るようでおもしろい。
共同でイネを育ててきた日本のムラでは、「私」という主語を立てることはあまり好ましいことではなかったのであろう。
2024年10月29日