父は笑いながらこんな話をした。
「ケイスケが子供の頃、
ワンワン泣き出したときがあった。
何かと思って釣り場から車に戻ってみたら、
小さいクモにビビって泣いてたんだ」
私はその話のどこが面白いのか理解できなかった。
虫が嫌いだった。
カブトムシ、クワガタなどの甲虫にも興味はなかった。
近付きたくないし触りたくもない。
昆虫採集をする人がいるのは知っていたが、
これっぽっちも魅力を感じなかった。
父とは早朝か夜中に海や山に釣りに出掛ける。
すると、自販機の取り出し口には蜘蛛の巣が張ってあり、
照明の光に小さな虫が集まっていた。
私はその中に手を突っ込むことができなかった。
父は溜め息を吐きながら車を降りて缶ジュースを買った。
トンボは例外で触ることができた。
捕まえやすかったからかもしれない。
秋になると団地のコンクリートの壁に数十匹止まっていた。
ゆっくりと近寄ると簡単に捕まえることができた。
ある日、友達と二人で虫かごいっぱいにトンボを集めた。
虫取り網なしでも大量に集めることができて嬉しかった。
満面の笑みで家に持ち帰ると母に怒られた。
逃がしてくるように言われたが、
私は飼いたかったから頑なに断った。
翌日、トンボたちは全滅した。
その日からトンボも苦手になった。
オニヤンマやギンヤンマは写真や図鑑で見るとカッコいいけど、
実際に近くで見たり触ったりするのはできなくなった。