(1) A.もうおなかいっぱいで、食べられないよ。
B.もうおなかいっぱいで、食べれないよ。
(2) A.明日の午後3時に面接をしたいのですが、来られますか。
B.明日の午後3時に面接をしたいのですが、来れますか。
上記(1)と(2)のAとBの文は動詞の形が少し違います。皆さんならどちらを使いますか。日本語の先生や日本語を学習している方の中には、「Bの動詞の形は間違いなのでは?」と思われた方もいらっしゃると思います。Bの「食べれない」や「来れます」は、正しい形である「食べられる」から「ら」を抜いて「食べれる」、また「来られる」から「ら」を抜いて「来れる」となったもので、一般に間違った日本語として認識されています。
文化庁国語課という国の機関が「国語に関する世論調査」を毎年行っています。平成7年度の調査で「ら抜き言葉」についての質問がありました。たとえば「こんなにたくさん食べられない」と「こんなにたくさん食べれない」のうち、あなたはどちらを使いますかと聞いて、答えの割合を調査しています。
冒頭の表をご覧になるとわかるように、(ア)の「食べられない」を選んだ人が67.3%、(イ)の「食べれない」を選んだ人が27.2%でした。残りの人はどちらも使うと答えた人か、わからないと回答した人です。同様に、「朝5時に来られますか」と「朝5時に来れますか」では、「来られますか」が58.8%、「来れますか」が33.8%でした。正しくないとされている「ら抜き言葉」が30%前後の割合で選ばれています。これは全年代の回答割合なので、次に性別と年代別に回答割合を示します。
まず男性の方の年齢別の回答割合を見ていきます。「食べられない」と「食べれない」のどちらを使いますかという質問に対して、年齢別の回答割合を見てみると、全体として年齢が上がるにつれて「食べられない」の方を選ぶ割合が高くなり、年齢が低いほど「食べれない」を選ぶ割合が高いことがわかります。特に、10代では「食べれない」を選んだ人の方が割合が高くなっています。
女性の方を見てみると、全体としての傾向は同じで、やはり年齢が低いほど「食べられない」を選んだ人の割合が高くなっています。先ほどの男性の回答割合と比べると、女性の方が「食べられない」を選んだ割合が男性に比べて高くなっています。数パーセントぐらいの違いですが、若干女性の方が各年代「ら抜き」ではない形を選んだ割合が高くなっています。これは、ことばとジェンダーの関係についての研究で明らかにされていることですが、一般に女性の方が男性よりも社会的に評価の高い文法形式を使うと言われています。つまり、女性の方が社会において正しいとされている形を使おうとする傾向があるということです。
「食べられない」と「食べれない」の使用割合に話を戻すと、先ほど全体で見れば「食べられない」と「食べれない」が7対3ぐらいの割合ですが、年代別に見ると明らかに若い人のほうが多く使っていて、特に10代の男性では「食べれない」の方が多いくらいであることがわかります。
ここまでご紹介した調査結果を見て、たくさんの人が使っているなら、「ら抜き言葉」はもはや間違いとは言えないのでは?と思われた方がいらっしゃるかもしれません。日本語学習者の方は、「日本語学校で『ら抜き言葉』は間違いだと教えられたけど、実際にはたくさんの日本人が使っているじゃないか、日本語の先生が教える日本語は実際の日本語と違うんだ」と思ったかもしれません。ただ、ちょっと待ってください。
実は、動詞によってはやはり「ら抜き言葉」が使われにくいものもあります。「考える」という動詞を使った「彼が来るなんて考えられない」と「考えれない」では、「考えられない」を選んだ人が9割以上だったという結果もあります。
また、新聞など書き言葉では「ら抜き」はほとんど使われません。よくテレビの字幕を見ていると、話している人は「ら抜き言葉」を使った場合でも、字幕では「ら抜き」ではない形に直してあったりもします。書き言葉では「ら抜きは使わない」という意識が強くあるのだと思います。
それから、社会の「規範意識」にも配慮する必要があります。現時点で社会的に「ら抜き言葉は間違いだ」という意識がある以上、改まった場面ではら抜きを使わないようにする人が多いでしょうし、非母語話者に日本語を教える時にも、「ら抜き」ではない形で覚えたほうが無難だからという判断もあるでしょう。友だちと話すときは「ら抜き言葉」を使ってもいいけど、改まった場面では使ってはいけないなど、使い分けを正しくしないといけないとなると、日本語が母語ではない人にとって非常に負担が大きくなります。
言葉は変化するものなので、もしかしたら時代の流れとともに「ら抜き言葉」が広がっていき、正しい形になっていくのかもしれません。現時点で「ら抜き言葉は間違いなのか、間違いじゃないのか。どちらなのか教えてほしい」と言われたら、日本語教師の立場では現在の規範意識に従って間違いだと言うしかありません。その後、文化庁国語課は平成12年、平成17年、平成22年、平成27年と「ら抜き言葉」の経年変化を調査していますが、「ら抜き言葉」が爆発的に広がったというわけでもなく、ほぼ同じ傾向が続いています。100年後の世界はわかりませんが、やはり現時点では「ら抜き言葉」が正統派の座を獲得したという状況にはなっていません。