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全身反応教授法:外国語学習は運動だ

Jan 30, 2024

TPR(トータルフィジカルレスポンス:全身反応教授法)という外国語教授法があります。教師が目標言語(日本語教育なら日本語、英語教育なら英語)で指示を出し、生徒はその指示通りに全身で反応するという教授法で、アメリカの心理学者James J. Asher1960年代に提唱したものです。

 幼児の第一言語習得プロセスに着目したもので、話させるよりも先に聞いて体で反応することによって言語を習得させるという考え方です。

 日本語教育では、よく「~てください」の練習で応用されています。教師が「皆さん、立ってください」「座ってください」「窓の近くまで行ってください」「右手を上げてください」「後ろを向いてください」などの指示を行い、学習者にその通りの行動をさせるという練習です。

 この時、学習者に話させてはいけないとされています。同時に話させた方が身に付くように思われますが、なぜこの教授法では一切発話させないのでしょうか。

 私は教授法の研究者ではないので、自分自身の外国語学習の経験から、その理由を考えてみました。

 

 理由①:音と動作(意味)を直接結び付けるため

 理由②:理解と反応の間のギャップをなくすため

 

(1)   音と動作(意味)を直接結び付けるため

 新しい言語を身につけるということは、音と意味の新しい結び付きを獲得することだと言えます。日本語を初めて習う人にとって、/inu/という音が「犬(dog)」を表すことに何の関連性もありません。「言語の恣意性(しいせい)」と言われますが、新しい言語を学ぶ際には、まったく恣意的な新しい結び付きを獲得していかなければならないのです。日本語の【/inu/=犬】という言葉を学ぶ前に、学習者は母語での結び付きを持っています。たとえば、ペルシア語で/sag/と言えば、「犬」を指しますが、ペルシア語を母語とする人が日本語の/inu/という音を聞いて、/inu/=/sag/だから、「ああ、犬のことか」というように、母語を介在していては本当の意味で日本語を習得したとは言えません。日本語を学習する過程で母語にはない概念を獲得しなければならない場合もありますし、日本語で「きれい」はcleanを表したりbeautifulを表したりするというように、複数の概念に結び付ける必要がある場合もあります。ですので、理想的には/inu/=「犬」という直接の結び付きを新たに獲得していくことが求められます。

 

(2)   理解と反応の間のギャップをなくすため

 人には「わかっているけど、できない」ということがしばしばあります。私自身も英会話のレッスンなどで、「先生に聞かれていることはわかるけど、どう答えたらいいかわからない」ということを何度も経験していますし、ゼロから新しい言語を学ぶときは、「先生の発音のとおりに発音しているつもりなのに、発音できていない」ということさえあります。冒頭で例を挙げたように、全身反応教授法では、「立ってください」という教師の言葉を聞いて、学習者は何も言わずに立つという動作をします。立つという動作をするのに、外国語のスキルは必要ありませんので、直接理解したかどうかを測ることができます。もし正しく発音したり、適切に答えたりさせようとしたら、理解はできているけど、発音でつまずいているのか、答え方がわからなくてつまずいているのか、教師にはわかりません。正しく答えられないことで教師が「ああ、この人は理解できていないんだ」と判断したら、学習者は「本当はわかっているのに…」と思って悔しい思いをするかもしれません。そういう意味で、特に入門・初級レベルの学習者には、理解と反応の間のハードルを低くして、理解できたかどうかを教師が直接把握できるようにすることが効果的です。また、自ら発音することにプレッシャーを感じる人もいるので、リラックスして音の聞き取りに集中できるという効果もあります。

 

 私自身は外国語の学習が趣味なので、まったく新しい音と意味の結び付きを獲得することに楽しさを感じますが、それでも、「わかっているのに、発音できない」とか「理解できたのに、答えられない」というストレスを感じることはしばしばあります。発音はある種の筋肉運動なので、私のように不器用な人は、頭で考えた通りに再現できないのです。外国語学習は非常に根気のいる作業ですし、自由に使いこなせるレベルになるまでには長い長い時間を必要とします。また、母語にはない概念を獲得するのは、赤ちゃんが一から母語を獲得するのと同じぐらいの時間がかかってもしかたありません。最初の段階は、音と意味の結び付きを作ることに集中させ、適切な発音や適切な応答はもう少しゆっくり習得していけばよいのではないでしょうか。

 今日は、全身反応教授法の意義について私なりに考えてみました。特定の教授法に限らず、何かの練習をさせているとき、学習者がどんな気持ちかを考える習慣を身につけると、効果的な指導法を考えるヒントになるかもしれません。

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