「大学時代に最も力を入れたことは何ですか。」
「大学時代に最も力を入れたことは、教授の研究助手のアルバイトです。たくさんのデータを分析
して、レポートを提出し、教授の著書の出版のお手伝いをしました。」
私は大学で外国人留学生に日本での就職活動の仕方を指導していますが、面接試験の練習やエントリーシートの添削をしていて、しばしば感じることがあります。それは、「聞かれたことと答えがズレていることが多い」ということです。
「大学時代に最も力を入れたことは、教授の研究助手のアルバイトです」という回答はなぜズレた回答なのでしょうか。その学生は、たくさんの時間をかけてデータを分析し、エクセルなどを駆使して資料を作成したので間違いなく「力を入れた」と感じているでしょう。では、大学時代に力を入れたことがアルバイトであることが問題なのでしょうか。留学やボランティアなら問題ないのでしょうか。
私がズレていると感じるのは、質問者が聞きたいことに正しく答えられていないように思われるからです。面接試験の場面で大学生に大学時代に力を入れたことを語らせる意図は、その人が大学時代に何を考え、どう行動してきたかを知るためです。大学時代に学生が主体的に使える時間は有限です。限られた自分の時間と体力、財力を何に集中するか、そこにその人の考え方が現れます。
アルバイトに力を入れたという回答を避けるように指導される場合もあるようですが、それは主体的に選択した行動に思えないからではないかと思います。留学なら、留学しない学生が多い中で自分で選択して留学したことに価値を見出してもらえる可能性が高いですし、ボランティアも同様に主体的に選択したのだろうと解釈されやすいです。アルバイトは経済的に仕方がなくするもので、主体的に選択した行動に見えづらい点は確かに不利です。また、どんな大学生もアルバイトをしているのだから他との差別化ができないという指摘もあります。
しかし、私はアルバイトがダメなのではなく、自分の行動に自分なりに意味を持たせ、その意味を相手に伝わるように説明できていない点が問題だと思っています。アルバイトを通してどんな力を身につけようとしたのか、アルバイトでどのような成果をあげ、それにどのような意義があるのか、自分の行動に自分なりの意味づけができていれば、アルバイトであるかどうかは問題ではないと思っています。
「私が大学時代に力を入れたことは、コンビニの日本語を覚えることでした。私は日本に来てまだ日本語があまり話せないときに、早く日本語を覚えたくてアルバイトを始めました。コンビニの仕事は大変種類が多く、覚えることがたくさんあります。特に、200種類以上ある煙草の種類を覚えるのは大変でした。私はできるだけ早く仕事を覚えようと思い、アルバイトが終わってからノートにその日の仕事内容をまとめ、自分でマニュアルを作って覚えるようにしました。そのおかげで、副店長から『こんなに仕事を早く覚えた人は初めてだ』と言っていただくことができました。」
このような回答なら、この留学生がどのように考え、どのように工夫して行動し、成果をあげたのか、質問者に伝わると思います。たとえ経済的な理由で大学時代の多くの時間をアルバイトに費やさなければならない事情であっても、それ自体が問題なのではありません。その中で自分なりに考え、行動し、評価された経験があれば、「大学時代に最も力を入れたこと」になり得ます。
「なるほど、答え方次第ということね」と思われたかもしれませんが、私は表現の仕方の問題だけではないと考えています。面接試験だけでなく、小論文試験や、会社の上司への報告もそうだと思いますが、聞かれたことに正しく答えられない原因は、自分視点の答えと相手が求める答えのズレに気づかないことだと思います。「大学時代に最も力を入れたことは?」という質問が「あなたが主体的に選んで行動したことは何かを知りたい」という意図から発せられているのに、単に多くの時間を投下した行動を答えてしまうとズレた回答になるように、自分視点で答えを探すと相手の知りたいことからズレてしまうことがあります。質問に適切に答えるには、相手は何を知ろうとしてこの質問をしているのかを考える相手視点が必要になるということです。しかし、言うは易し、これが非常に難しいことなのです。
小論文試験の対策本として有名な『落とされない小論文』(今道琢也著、ダイヤモンド社)に、受験者に共通する「重大ミス」が第1位から第12位まであげられていますが、第1位は「問題文の指示に正しく答えていない」ことだそうです。著者は、国家公務員試験や教員試験、大学・大学院入試、一般企業の面接試験、企業内の昇進試験など、さまざまな分野の小論文を数多く添削してきた経験から、どんな年齢の人、属性の人にも見られるミスだと述べています。聞かれていることに正しく答えられないのは、「人間の性(さが)」なのかもしれません。