実技科目の中で体育の他に音楽がダメだった。
ヤマハ音楽教室では歌を歌ったことしかない。
ピアノを習う前にサッと辞めたからだ。
当然、音楽で習う範囲のことしか出来ない。
楽譜を見たのも授業が初めてで、
ドの音から数えないと他の音が何なのかわからなかった。
歌は音程と拍数がわかればなんとかなった。
リコーダーは手先が器用なおかげで上手い方だった。
ピアニカは指の動かし方がわからないので苦手だった。
音楽のテストはさらに理解できなかった。
クラシックにも興味がなかったので、
誰が何を作曲したのか覚えるのが苦手だ。
楽譜もト音記号のときしか読めない。
音楽はたいていB評価だった。
合唱コンクールというイベントがあり、
音楽が大好きなハシモト先生は張り切っていた。
僕は歌うのはそんなに嫌いではなかったから、
練習で手を抜くことはなかった。
クラスで指揮者を決めることになり、
マツサカさんが立候補して見事決まった。
ハシモト先生はマツサカさんに厳しく指導した。
いつものように練習していた合唱コンクールの前日、
マツサカさんは指導に耐えきれなくなり、
指揮者を辞めると言って泣き出した。
ハシモト先生は溜め息を吐いていた。
『ハシモト先生のせいだ』
『マツサカさん、かわいそう』
みんな心の中でそう思っていた。
ハシモト先生は指揮者を違う人にやらせるしかなかった。
「ケイスケ、指揮者やりなさい」
僕は一番やりたくない役に指名された。
しかも、前日に。
吹奏楽部の誰かで良いじゃん、と思った。
抗議しても誰も他にやりたい人がいないし、
ハシモト先生も決定を取り下げる気がなかった。
指揮者は僕になった。
母に三拍子と四拍子の指揮の方法を聞いて、
夜にずっと練習してなんとかなった。
当日の記憶はあまりない。
特に怒られたり褒められたりしないから、
無難に役を全うできたのだろう。
僕は目立つのが大嫌いなんだ。
それなのにたった一回指名されたことで、
次の学年でも指揮者をやらなければいけなくなった。
なんて面倒なことを押し付けてくれたんだ。
僕に決まった明確な理由がないから、
今思い出しても理不尽な人選だったと思う。
「ハシモト、許さん!」