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Cafetalk Tutor's Column

Keisuke.H 讲师的专栏

I was a bocchi.㊲本気を出した作文

2024年7月14日

ハシモト先生は継続や努力という言葉が好きだった。
特に努力をしなくても勉強できる僕とは相性が悪い。
それなのに小学校3年間ずっとハシモト先生のクラスだった。
 
毎日の朝自習の課題は作文。
テーマに従って原稿用紙1枚を書かなければいけない。
最初はそれなりに書いていたが、
興味を失って次第に書かなくなった。
真面目生は毎日朝原稿用紙1枚を書ききっていた。
 
3月になると今までの原稿用紙をまとめるように指示された。
真面目なオオイシさんやキムラさんなどが
分厚い原稿用紙を束ねている間、
僕は暇を持て余していた。
3月に書いた作文はたった3枚。
4月からの1年分でも他の人の1ヶ月分より少なかった。
ハシモト先生は、
「ほーら、ざまあみろ」
みたいな顔をしていた。
 
枚数が少なくてショックだったが、
僕は別に毎日書いたから偉いとは思わなかった。
ハシモト先生の思惑は簡単に外れた。
 
他にも原稿用紙をたくさん書かされた。
それは勉強の一環ではあるけどやる気が起きなかった。
読書感想文や発表会の作文を思い出しただけでうんざりする。
 
そんな僕でもたった一回だけ本気で作文を書いたことがある。
親切や思いやりがテーマの発表会に使う作文だ。
いつも通り適当に書いて提出したら、
「ケイスケの作文が良かったから書き直せ」
と言われたのだ。
なんでも、発表会の作文に選ばれるかもしれないと言う。
僕は本気で書き直した。
その作文は地元の電車で席を譲ったと言う話だ。
しかし、題名のセンスがなかったのかもしれない。
選ばれたのはもう一人の候補のクマノさんの作文だった。
僕の作文の『満員電車の中で』というタイトルが悪かった。
その他に、クマノさんの作文は親切が循環するという点で、
僕が席を譲っただけの話よりもよく出来ていた。
 
クマノさんは選ばれてから暗唱させられていた。
原稿用紙数枚を暗記するなんて聞いてなかった。
僕はそんな苦行をやりたくない。僕にできるわけがない。
クマノさんはハシモト先生の厳しい指導の下、
放課後に泣きながら作文を暗唱した。
クマノさんは大変そうだなと横目に見ながら帰宅した。
 
本気を出しても勝てないことがあるとわかった。

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